- 民謡はたいていある集団で共有される。
- 最初は誰かが歌い始めたものであっても、匿名の共有財産として伝承されることが多く、「ある作者の作品だ」という意識は薄い(新民謡のような、作者-作品概念が一般化した後にできたものは別だが)。
- したがって、民謡は歌詞の上でも旋律の上でも可塑性が高く、即興的に形を変えることがよくある。それらがまた伝承される過程でさまざまなヴァリアントが生まれる。
- 多くの場合は、ヴァリアントといってもその民謡に特有の歌詞やリズム、フレーズなどが保持されていて、その集団に属していれば「これは○○という曲だ」と認識することができる。つまり様々なヴァリアントに共通して保持されている要素がその曲のアンデンティティのもととなる。
- しかし、例えばイギリスのバラッドのように、同じ歌詞がついても旋律が全く違ったり、逆に同じ旋律で全く別の歌詞を歌ったりするものもある。
- バラッドは純粋な民俗音楽というより、ある程度都市化・商業化して普及していくが、その典型であるブロードサイド・バラッドの多くには歌詞だけが印刷され、「この詞は○○の旋律で歌う」と添え書きがある。その歌詞の題が△△だったとすると、それは旋律のもとである○○という曲の歌詞を変えたもの、つまり替え歌ということになるが、もし△△の歌詞の方が広まれば、その旋律のアイデンティティも△△ということになる。
- 民謡のヴァリアントが増えてくると、そのうち「これが正調」と主張するようなものが現れ、可塑性を損ない、アイデンティティを保持しようとすることも起こる。
- だが集団の共有財産である限り、民謡に可塑性、即興性は付きものであり、楽曲としてのアイデンティティは曖昧になりやすい。
民謡のアイデンティティ
